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【リンクアット・ジャパン人事部】仕事のヒントvol.17 過去と未来を繋ぐ現在

「現在」って何のためにあるのだと思いますか?

私は「過去」と「未来」を1つに繋げるためにあるのだと思います。

 

流れという意味では、過去から現在、そして未来というひとつの流れは確実に存在します。

しかし、流れがつながってるだけなら、そこに見いだされるのはただの「変化」です。

「時間」を「変化」から切り離すなら、そこに求められるのは「内容的な一貫性」や「意味の継続性」です。

 

大事なのは、過去と現在と未来が内容的に1つにつながっていること、1つのストーリーとなっていることです。

人間の人間性を破壊する簡単な方法の1つは、その人間がやっていることを無意味化することです。

料理をきちんと作らせては、目の前でトイレに流す。そういうことを何度も何度も続ければいい。

自分は何のために料理をしているのか、その意味が分からなくなる。そういう時、人は崩壊します。

(逆に、やっていることの意味が分かっていれば、多少の苦労や辛さなど問題になりません。)

 

誰かが昨日から何も食べていないで、お腹を空かせている。(過去)

だから自分が料理を作る。(現在)

それを食べた人が、満たされる。(未来)

 

ここには、過去と現在と未来が1つの内容的な一貫性があります。

「料理を作る」という現在は、過去と未来を繋げるために存在しています。

 

誰もお腹を空かせていないのに料理を作る。(過去が見えていない)

お腹を空かせた人がいるのにゲームを与える。(現在が見えていない)

自分では作れない料理を作ろうとする。(無理な未来を見ている)

 

過去と現在と未来が内容的につながっていないと、こういうことが起こります。

当然ですが、いくら努力しても、意味のある出来事は起こりません。

仕事でいえば、長時間一生懸命働いているのに、労働生産性が上がらないことになります。

 

おそらく今の日本社会は、上手く時間を作り出せなくなっているのではないかと思います。

それゆえ、一生懸命働いているのに労働生産性が低いのではないか。

日本の1時間あたりの労働生産性(2018年)は46.8ドルでOECD36加盟国中21位です。

(ちなみに1位アイルランドは102.3ドル、6位アメリカは74.7ドルです。)

 

日本人、個々人の能力がそんなに低いとは思いません。教育水準だって世界的に高いほうです。

にもかかわらず、1時間あたりの労働生産性が低いのはなぜか。

そう問いを立てたときに、時間を上手く作れないからではないかと思いました。

過去と現在と未来に内容的な一貫性を作れない。ストーリーが作れない。

 

そう仮説を立てると、それに関連する現象が目に留まります。(反対の事例は今後、考えよう)

例えば、正月話題になったコンビニの元旦営業。

あれは「現在」の要求を常に満たすためのものです。

欲しいと思ったときに手に入るという意味では、Amazonなどの便利さも同じです。

また、思いついたときに連絡が取れるメールやラインなども同じです。

 

つまり、便利になることは、現在の欲求をその時に満たせるようになることです。

現在だけで物事が成り立つので、そこでは「過去」や「未来」が視野から外れていきます。

便利なのはよいことだが、便利さを手に入れたと同時に、

時間を繋げる力を身に付ける機会も失ったのかも知れない。

便利さによって現在しか見えなくなった。

 

未来についてはどうでしょう。

変化の激しい、とか、先の読めない、という言葉で語られることが多いですね。

現在とは違う何かがあるけど、それは何だかよくわからない。どちらかという不安を感じさせる。

その不明確なものへの準備や対応を求められる。

そんな準備や対応をきちんと出来るのは一部の人だけでしょう。

 

リスクを考えすぎて動きが鈍る。腹を括って思いっきり動く。

目の前の手元のことしか見ないようにする。

多くの人たちはこんな感じではないでしょうか。

 

では、過去のことはどうでしょう。けっこう忘れてるんじゃないかと思います。

(じつは、これを書こうと思ったのは、去年の正月を上手く思い出せなかったからです。)

忘れている。覚えているが、現在や未来とつながっていない。

過去がそんな風になっている気がします。

 

たとえば、東京オリンピックって、すごく低コストで実施するという話でした。でもすごい高コストです。

辺野古基地の工事期間やコスト、それに伴う普天間飛行場の返還、これも当初の話と代わっています。

福島原発事故の廃炉作業に関してもそうです。計画や費用がどんどん膨らんでいます。

 

過去の話を忘れている。あるいは覚えているけど、現在と内容的につながっていない。

だから、テーマとしての大文字の部分はつながってるが、具体的な内容には一貫性がない。

おそらく、それは現在と未来の間にも起こりえるでしょう。

(来年の正月明けの自分は、これを書いたことを思い出せるだろうか?)

 

過去と現在と未来がバラバラになる。誰もが現在だけを見て、素早く判断とか行動をしている。

現在だけ見れば合理的かも知れない。しかし、現在は必ず変化し時間は流れるから、その合理性は持続しない。

新たな現在だけを見て、また素早く判断し行動する。また新たな変化が起り、それに対応する。

そういうことが起こっているのかもしれない。

 

あまり、心楽しい出来事ではない。しかし、もしその通りであれば、やれることはある。

「現在」を「過去」と「未来」を繋ぐために過ごせばよい。

過去の仕事をきちんと振り返り、未来の目標を明確にし、両者を繋ぐために現在やるべきことを明確にする。

 

そういうことが個人、組織、共同体レベルで出来るのであれば、

過剰な自己責任論や社会の分断も少しは収まり、日本も豊かになるのではないかと思う。

オリンピックが終わったらぼろぼろになりました、などという1年にはしたくないものですね。

 

今年もよろしくお願いします。

更新日:2020/01/10